針と糸と先生

午後の放課後、ひまりは家庭科室の奥にある裁縫部の部室へと足を踏み入れた。

わぁ……!

窓から差し込む夕陽が、部室に並ぶミシンや生地の棚を照らしている。壁には色とりどりの布見本や、先輩たちが作った可愛らしい作品が飾られていた。どこか温かくて、少しだけ懐かしい空間。

ようこそ、裁縫部へ

優しい声が聞こえ、振り向くと、そこには田村さくら先生が微笑んで立っていた。

あ、田村先生!

桜井さん、今日は裁縫の第一歩を踏み出しましょう。まずは、針と糸を覚えるところからね

ひまりは先生の前に座り、手渡された裁縫道具をじっと見つめる。

裁縫って、まず何からやるんですか?

基本は針と糸よ。どんな素敵な衣装も、まずはこの二つを使いこなせなきゃ始まらないの

先生は小さな針と、細い赤い糸を取り出し、ひまりに見せた。

じゃあ、まずは糸通しから。針の穴に糸を通してみて?

えっ、そんなの簡単……

そう言いながら、ひまりは糸を針の穴に通そうとする――が、うまく入らない。何度やっても糸が揺れて、穴に入らない。

ええ!?これ、意外と難しい……

あせらなくて大丈夫よ

先生がそっと微笑みながら、ひまりの手を優しく包む。

コツはね、糸の先を少し湿らせて、まっすぐにすること。そして、針の穴のほうを動かすの

ひまりは言われた通りにしてみる。すると――

……あっ!通った!

よくできました。次は結び目を作ってみましょうか

先生が手本を見せる。

針の端に、小さく輪を作って……指でくるくるっと巻いて、引っ張ると……ほら、玉結びのできあがり

うわぁ……魔法みたい!

ふふ、魔法みたいに見えるかもしれないけれど、これは技術なのよ。何度も練習すれば、自然にできるようになるわ

ひまりも真似してみる。何度か失敗しながらも、ようやく小さな玉結びを作ることに成功した。

先生!できました!

とっても上手よ。じゃあ、次はいよいよ布を縫ってみましょう

先生が差し出したのは、小さな端切れの布。

まずは、並縫いから。針を刺して、次に少し先に出して……これを繰り返していくの

先生が見せた動きを、ひまりもゆっくりと真似してみる。しかし、針を刺す場所がずれてしまい、縫い目がガタガタになってしまった。

うーん、なんか、まっすぐにならない……

最初はみんなそうよ。だけど、大丈夫。ゆっくりやれば、ちゃんと上手になるから

先生の優しい言葉に励まされ、ひまりはもう一度、針を布に通す。慎重に、でも確実に。少しずつ、糸が布の上にリズムを作っていく。

そして――

先生、見てください!ちょっとだけだけど、ちゃんと縫えました!

ええ、とっても素敵よ。ひまりちゃん、これが最初の一歩でなく……一針ね

部活が終わる頃、ひまりは縫い終わった小さな布を見つめながら、ぎゅっと握りしめた。

なんか……ちょっとだけ、できる気がしてきました

その気持ちが大切よ。裁縫は焦らず、ひと針ずつ進めば、きっと素敵なものが作れるわ

先生がそっと頭を撫でる。

ひまりは小さく頷きながら、心の中で決意する。

(いつか……自分でコスプレ衣装を作れるようになりたい。そのために、私は部活を頑張るんだ!)

夕焼けが窓から差し込み、ひまりの胸の中に小さな夢の灯がともった。

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